川原達二の十中八九N・G

生きる

1月 12th, 2018

去年から、志らく、が、ひるおび、に出てるから、毎日何を発言したかチェックしようと留守録し、
そのおかげで帰宅するとワイドショー5時間と、にゃんこスター出演番組、アニメなどをみるのが日課。
ここで、なぞなぞ。毎日呑むウイスキーって何だかわかる?答えは、ニッカ・ウイスキー。
そんな僕もすっかり世間の下世話なニュースに詳しくなり、生温いバラエティー感覚にも慣れてしまったな。
オレも汚れちまったゼ。

そんな折、年末年始は、BS-NHKで黒澤明の映画をまとめてやったから一気に5本みた。
いや~、やっぱりホンモノを観ないとダメですな。
いかに僕は常日頃、有害な電波に毒されていたかを実感したですばい。

用心棒や椿三十郎、七人の侍、を観ると、棒切れを振り回し、<あばよ>と言って、部屋を出て行く。
赤ひげ、を観ると、医者のあり方をあらためて考えたり、
生きる、を観たら、力ばかりが男の喧嘩じゃない、と粘り強い「信念」を考えた。「新年」だけに。

僕は昔から映画には影響されやすい性質で、ジェームス・ディーンの「理由なき反抗」を観た後、
ブレザーと猿のシンバルのおもちゃを買って、道端に寝そべって、ゼンマイを巻いたりした。

生きる、は僕が生まれる10年前の作品だ。
主人公の志村喬が映画の中盤で胃癌で死に、その後は通夜の回想シーンになる。
癌の告知などしない時代だ。
医者は、志村喬に、「軽い胃潰瘍です」と嘘を言って、主人公が診察室を出た後に、インターンに、
「あと半年しか持たないだろう」と真実を語り、「もし君だったら、その間、どうやって生きるかね?」と問う。
この質問こそが、映画「生きる」のテーマになっている。

主人公は市役所の市民課長で、自分が癌だと知るまでは、勤続30年無遅刻無欠勤だった。
それは彼が模範的だったとか、自分がいないと仕事が回らないと思ってたからではなく、
逆に、いなくても職場が回るということを知るのが怖かったからで、仕事らしい仕事などしない、
いわゆる官僚的な小役人だった。

それが後半年の命と自らの直観で知ってからは、必死になって、~必死、とは、必ず死ぬ、と書くが…~、
この世に思い残すことないような、なすべき課題を模索するのである。
結果、志村喬は、「公園」を作るのだが、そんな彼の心の支えになったのは若い女子事務員・小田切みき。
小田切みき、が、これまた可愛いんだ。よく食べて。
つまり死人のように生きていた主人公は、死ぬと判ってから、残りの短い人生を本当に「生きる」のである。
何度観ても良い映画だ。

その影響かどうかわからないが、正月明け、ものすごく胃が痛くなって、水も受け付けない。
<すわっ、これは胃癌か?>
と、僕は志村喬のような表情で近所の公園にブランコを探す。
しかし、よくよく考えたら、単純な食べ過ぎで、1日絶飲食にしたらすっかり治った。

登場人物との同一化は映画鑑賞の醍醐味だが、過剰な同一化は病と紙一重だ。
醍醐味で思い出したのだが、醍醐味の醍醐とはヨーグルトのことらしい。
醍醐天皇って、天皇の名前にするほど、ヨーグルトのことが好物だったって高校の時の授業で聞いた。
自分の好きな物を元号に出来るっていいな。
天皇は生前退位されることで、次の元号が注目されてるところだが、
ここはいっそ、次天皇(皇太子さま)のお好きな物を元号にしたらどうだろうか?
「柏原天皇」なんていかがでしょうか?柏原よしえ、のこと好きだったから。
世の、柏原姓の人たち、大騒ぎしそうだ。
マンガ「日常」で新元号が、「相生(あいおい、主人公の女子の苗字)」になるという回があった。八巻、巻末参照。

僕も「生きる」のように生きよう。
こういうのは手順が大事だ。
「公園」を作る前に、「小田切みき」を探さなきゃ。そこが、思案投げ首。

BGM. ゴダイゴ「僕のサラダガール」

6 Responses to “生きる”

  1. トモトモ

    先生こんばんは。
    『生きる』は確か去年くらいにレンタルDVDで見ました。
    志村喬が公園のブランコに乗って口ずさむ ♪いのち みじかし こいせよ おとめ♪(ゴンドラの唄)、好きです。
    志らくがいつかの「片棒」の中で、赤螺屋ケチ兵衛の息子の一人が映画三昧の弔いをやる云々という話の流れで歌ってました。それと、ジュリー・アンドリュースの歌も英語でバッチリ歌ってました。
    胃が治って良かったですね。
    でも、帰宅してそんなに録画見ていたら寝る時間がなくなりますよ。…と私がどうこう言う事でもありませんけれど…。

  2. kawahara

    トモトモさん、こんにちは。

    志らくは、時々、志村喬の「ゴンドラ」のマネ、やりますね(笑)

    ご指摘の通り、全部見てたら、時間がなくなるので、ひるおび、は3倍速で見てます。
    出演者は皆、早口になるのですが、何故か、志らくだけはあまり変わらないのが不思議です。

  3. papa

    こんにちは。お忙しい中、失礼します。
    「生きる」は、見るのが恐くて、まだ見ていません。ただテーマは違いますが、イングマール・ベルイマン監督の「野いちご」は見ています。でも、皆さんの話を聞いていると、「なんか、この2つの映画、どこかで似通っているような」そんな気持ちですね。まあ、「生きる」とにかく見ないと!
    黒澤監督は、性善説を支持していたのかな? って。

    BGM 山下達郎:「踊ろよ! フイッシュ!」

  4. シンシア

    川原先生、こんばんは。少し、気持ちが落着き、このブログ読んで、私も、生きるをレンタルして観ようと、決めました。ただ、何となく生きて、不安や不満、人間関係の軋轢のために、私は、生きてるのではない。
    自分が生きてる意味を新春に少し、考えてみたいです
    自分を本当に必要としてくれる仕事、人は、いるのかな?
    笑顔で今年は過ごしていきたいな。口角下がると、良い表情とは言えないですから(笑)

  5. kawahara

    papaさん、こんばんは。

    逆に、僕は「野いちご」は観ていません。
    機会があったら観てみますね。
    ネタバレになるから言わないですが、「生きる」のオチをみる限り、黒澤は性悪説ですよ。

    PS.洒落たBGMですね!

  6. kawahara

    シンシアさん、こんばんは。

    毎日、寒いですね。
    「生きる」は白黒の3時間くらいの長い映画ですが、観やすいですよ。
    黒澤の映画って、判る人には「深く」て、僕なんかのような素人には「娯楽」です。
    理解不能な難解な芸術作品と違い、どっちの観客も選ばずに楽しませるところが、黒澤映画の偉大さですね。

    笑うかどには福来る、ですね!良い年にしましょうね!!
    ではまたね~

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