川原達二の十中八九N・G

22/Ⅹ.(木)2015 はれ

小学校の頃、お弁当を見られるのが恥ずかしくて、パンと牛乳を買って持って行っていた。
お弁当って、その家の事情が、集約されている情報源だと感じていたから。
今、思えば、どうってことのないことを子供は気にするのだ。
子供に限らないか、大人でもそうかな。

そんなことより困ったことは、周りの皆が親切で、余計なお世話で、有り難迷惑なことだった。

彼らは自分の都合で勝手に文脈を読んだ。
概ね、こんな感じが最大公約数だったと思う。

「タッちゃん家は、忙しいから…」

と勝手に可哀想がられて、他のお母さん達が交代でお弁当を作って来て。迷惑でしょ?
僕には、その家の事情が透けて見えて、とても気分が良くなかった。

そんなことより不憫なのは、うちの両親で複雑な表情をしていたな。

弁当もそうなのだが、もっと苦手なのが給食だ。
僕は給食が食べれない。
それは今でも治ってなくて、僕は病院食も食べれない。
病院勤めの頃など、お昼は皆で仲良くこぞって病院食堂に行くのだが、僕は一回も行ったことがない。

同志や苦楽をともにした仲間の事を、同じ釜の飯を食う間柄、だと表現することがあるが、僕は同じ釜の飯が食えない。
それは比喩ではなく、文字通り、食えないのだ。

「小さな恋のメロディ」は僕の好きな映画で、クリニックのモニターでも流すことがあるが、唯一、嫌いな所がある。
主人公の男の子が、給食の時間に食堂に列を並んで、流れ作業で皿に食事を盛られるシーンだ。

僕は男の子に感情移入して映画を観てるから、絶対、この学校には入りたくないと思った。それは今でも思う。
頼んでも、入れてくれない年齢なのだが。

なんか家畜になったような気分になるのだ。
きっと前世の記憶か、未来が家畜人ヤプーになるのかもしれない逆行性の暗示かもしれない。
ま、どっちも違うだろうけれど。

人間ドッグでご飯が出されても、食べれない。
顎の骨を折って入院した時も、病院の流動食が嫌で、無断離院した。
あの時は、家族に迷惑をかけた。

そんな僕だが、外食は出来るのだ。マックでも、松屋でも、立ち食いそば、でも余裕。
何が違うのかと問われれば、そんなに違いはなさそうなのだが、とにかく給食系が駄目なのである。

だから、もし僕が将来、老いぼれて、自宅介護が不可能になって、老人ホームに入ったら、数日で栄養失調になるだろう。
年寄りだから、すぐ脱水とかになって、どっかの病院に搬送されるのだろう。
そこでも病院食は食べれないから、点滴とかで生かされるのかな。
そんなにしてまで生きていたくないな。

今、現在、身内や友人が似たような境遇におられる方がこれを読んでたら、とてもデリカシーのない文章だと思う。
気を悪くされるだろう。すみません。
でも、これはあくまで僕の死生観というか散り際の美学的な机上の空論なので、そこはどうかひとつ、ご勘弁を。

つまり僕が未来、人の力を借りなければ、食べられなくなったら、そんなにまでして生きていたくないのである。
医者は、何でも、生かせば良いと思ってるし。
だけど僕らが、生きてるうちに「安楽死」や「尊厳死」は認められないなだろうな。

国会で法案を審議してくれないかな。
安保や公認心理師も絶対大事な案件だとは思うけれど、「安楽死」も議論して欲しいな。
色々と、判定が難しいだろうけれど。

立川談志が、「このカプセルさえ飲めば、痛みもなく、スッと安らかに死ねる、という薬があったら、どんなに老人は安心することだろう」
と生前に言っていたし。

なんか話がややこしくなりそうだから、最後は談志に話を押し付けてみた。

BGM. さくら学院(クッキング部ミニパティ)「プリンセス☆アラモード」

6 Responses to “僕は給食が食べれない”

  1. ストロング金剛

    ストロング金剛デス
    自分も給食はキライでした。まして昭和40年代は、まさに家畜のエサのようで不味く、馬鹿な教師が残すな!と言うし…自分は隠して残し、帰り道の途中で竹藪などに投げ捨ててました。並んで物を食べる行爲、恥ずかしいし、イヤですよね。
    ところで「死」の問題ですが、自分はスポーツ冒険家として、世界を旅してきました。インドでは、死体が川に流れ、犬に食べられる程自由であり、フィリピンの村では、幼い子が薬品がないため亡くなり、神に召されたと言って諦めています。所詮キレイごと言っても「命」というものは経済状態で左右されるものだと考えています。偉そうな事言って申し訳ありません。今回は笑えないですね…コレで許して下さい。「鶴光でオマ」

  2. sin

    先生は給食が食べられないのではなく、食べたくないといった感じですか?

    何か給食や病院食など雰囲気が嫌いなんですかね。

    将来寝たきりになった時に胃ろうで長生きしたくありませんしね。

  3. 猫と肉球

    先生 こんにちは
    なかなか、深い話なだけに「自分だったら」と考えてしまいました。

    私の場合は、閉鎖病棟ばかり入院してしまったので、内科や外科の入院が連想出来なかった。
    でも、確実にわかってるのは、無断離院なんて確実に出来ないことかな(笑)
    少し、話しがズレてしまうんですけどね、人間の味覚って凄いんですよ!だいたい、一週間すぎたら
    味覚は変わるんです。入院食不味くて不味くて、ずーっと食べれないのかと思ってたけど、いきなり
    スイッチ入ったみたいに、食べられるようになって、終いには「美味しい」とさえ感じるようになったり。
    100%美味しいって言うのは無理なんだけど、ほぼ完食できる様になるんです。

    わたしが、一番驚いたのは 「むしろ入院食に慣れ過ぎて、外泊や退院した直後」は
    どんなに美味しくて、食べたかった食事も、あまり入らないし、味が濃く感じるし、一番のショックは
    食後に全て嘔吐してしまったこと。これは、初めての退院の時、かなりショックだった。
    あんなに、不味くて見栄えもしない食事に慣れきった自分の身体に驚き、今後自分の食生活はどうなるのかと、不安になった。
    しかし、これもまた人間の味覚や身体の素晴らしさで、一週間しない内に元に戻りました。
    先生の話とはズレてしまったけど、人間の適応能力はすごい!と思い出しました。

  4. kawahara

    ストロング金剛さん、こんばんは。

    スポーツ冒険家って北尾ですね、ストロング金剛さんは色んな国に行ってるのですね。

    立川談志のジョークに、給食を残した生徒に教師が、「世界には空腹で困ってる子がいるのよ。残さず食べなさい」。
    <先生、僕が給食を残さなかったら、その子は満腹になるんですか?>というのがあります。

  5. kawahara

    sinさん、こんばんは。

    給食は、食べたくない、という意志より、食べれない、という生理的な反応でしたね。
    匂いとかが駄目で。体が拒絶してしまうのです。

    ではまた。

  6. kawahara

    猫と肉球さん、こんばんは。

    新しいブログ記事、見たよ。
    このコメントと連動企画になっていますね。

    味覚の話、興味深かったです。
    ではまたね~

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