川原達二の十中八九N・G

27/ⅩⅠ.(水)2013 くもり、昼間寒い

11月27日は、父の誕生日だ。「けいおん」の唯ちゃんと同じだ。
唯ちゃんと言えば、僕は毎朝、唯ちゃんのヴォイスで目を覚ます。
これは、結構な音量で、繰り返し繰り返し、唯ちゃんが起こす声が家中に響き渡るので、家の者には不評だ。
安眠妨害で。下が、その目覚まし時計。唯ちゃんの誕生日記念グッズだ。使い続ける。↓。

けいおん」は、3期をやるとの噂がありますね。カレッジ編なのでしょうか?梓のハイスクール編なのでしょうか?
そのあたり、情報あったら教えて下さいね。

さて、話を戻して、今日は父の誕生日なので、父の思い出話をしましょう。

僕は子供の頃からコレクターで、一時期、バットにハマってました。野球のバットです。
僕の子供の頃のバットはまだ金属バットが登場する前の時代で、バットと言えば木製でした。デザインも「木目」。

僕は「巨人の星」の知識で、「赤バットの川上、青バットの大下」に興味を持ちました。
色つきのバットが欲しくて、違う街に出る時は、スポーツ店を必ず覘きました。
ある日、平塚の野球用品店で「黒バット」を見つけて、買いました。
それは、普通のバットと比べると、妙に細長くて、後で判ったのですが、ノック専用のバットでした。(苦笑)

でも、せっかくだから試合に使いました。結構、打てるものですよ。
相手チームからは、「物干し竿だ…」とおそれられました。「初代ミスター・タイガース」藤村富美男みたいだと。

高校の時、僕が金属バットを買って家に帰ると、父は、「とうとうウチにも金属バットが来たか」とポツリと呟きました。
少年が両親を金属バットで撲殺した、世で言う、「金属バット事件」の直後でした。

そんな父も子供の頃は、遊びで野球をやったそうで。
娯楽など、そんなになかった時代で、ゴムマリを投げて、バッターは自分の前腕をバットに見立てて打ち返していたらしい。
父の打順は、「5番」だったという。
僕は、<クリーンナップじゃん!>と誉めたら、父は「上手い順に打ってたんだよ」と笑った。
9人中の5番。中の中、か。

いま、僕の自宅には一本だけバットがある。
数あったバットのコレクションは実家に置きっ放しで、今、この一本だけが手元に残ってる。「青バット」だ。↓。

という訳で、父の誕生日、父と野球と私、の思い出話でした。

BGM. 吉田拓郎「ホームランブギ2003」

4 Responses to “父と「けいおん」と野球”

  1. Sin

    バットのコレクターとは渋いですねぇ。

    今度全部のバット画像を是非UPして下さい。

  2. kawahara

    Sinさん

    実家に帰ることがあったら、アップしますね。
    写真のイメージは、バットのグリップエンドのところに順にバットを重ねて置き、扇の様な形にしようと思います。
    (案外、もうとっくに捨ててたりして。だったら、ゴメンなさい)

  3. 花の香り

    わからなかったので、ノック専用のバットを検索してみました。
    すごく細かったです。「物干し竿」みたいでした。打てたのがすごい!
    父子で同じスポーツ、いいものですね。

  4. kawahara

    花の香りさん

    ノックバットは実物を見ると、もっと細く感じますよ。
    でもね、バッティングの基本は、バットの芯で球をとらえることだから、要領は同じなのです。

    いつも、コメントありがとうございます。

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